Theme: 政治
Time: 約30分
Difficulty: 中

英国のEU離脱(Brexit)は、最近の国際政治における重要なテーマの一つとなっている。皆さんも一度はニュースで見たり聞いたりしたことがあるだろう。
vol.12の記事
Book Memories vol.12: ポストBrexit・コロナ時代の新・EU論 -大学生のための2020年度テキスト - BobY2
で述べたように、
① EU加盟は既得権者の利益になっているとみなされ、格差拡大などで不満を持つ人々がBrexitに票を投じた。
② 東欧などからの移民が増え、工場や農場で地元の人々の職を奪っているとの不満がイングランドで高まった。反移民感情がBrexitに向かった。
③ 英国の政策をEUに縛られることなく自分で決めたいというナショナリズムが強まった。
④ 離脱派のキャンペーンが偽情報の流布も含め巧みだった
といった理由が背景となって引き起こされた政策であると言われている。
Brexitには様々な理由が存在していると理解できるだろうが、昨今特に問題として挙がっているのは、労働者階級の移民に対する排外主義を大きな理由として離脱へと導かれたと思われている点である。離脱派の国民投票で離脱派が勝利した瞬間、彼ら英国人労働者階級の人々は、世界中から「不寛容な排外主義者」認定されてしまったのだ。
しかし、世間一般で言われていることと、地べたから見た真実は異なるものである。労働者階級の生の声を聞くとともに、社会的な枠組みの中で大枠的に捉えることで、新たな真実が見えてくる。
白人労働者階級は生まれながらに恵まれた立場にいると考えられ、特に白人男性は、「どんな点でも有利な位置を獲得している」と思われてきた。だが、白人労働者階級の多くの人々はいま、疎外感や、力を奪われているような感覚、白人労働者階級が本来受けるべき政策を受けられていないという感覚を抱いている。 アイデンティティ・ポリティクスの重視によって、マイノリティと呼ばれるグループには機会やアクセスの平等が約束されているのに、自分たちにはそれが与えられていないと感じているのだ。労働者階級は偏見のせいで、雇用や福祉、公共サービスの現場で、自分たちが平等な扱いを受けられなくなっていると信じている。
アイデンティティ・ポリティクスの副作用として、白人が堂々とマイノリティであることを主張できなくなるという新たな問題も生じている。貧しい労働者階級の白人男性は、従来のアイデンティティ・ポリティクスでは、全方位でマジョリティになってしまうので、人種、ジェンダー、LGBTなどのアイデンティティの枠組みが強調されてきた政治トレンドの中では、「自分たちの声は政治家に聞かれていない」という意識が育っている。白人労働者階級には、ともによって立てるカルチャーのリソ-スがなく、結果として「同じアイデンティティの集団」ではなく、「個人」のモラルを重視することになる。こうして白人労働者階級のコミュニティは、自ら社会から孤立し、自分たちの不利な立場について、「自己責任だ」とみなされることを受け入れてしまう。
「マイノリティなのか、そうでないのか」という問題自体が激しい論争の的になり、マイノリティとしての存在認定が下りていないという点自体が、白人労働者階級がそれ以外のクラスタとは異なる「新たな」タイプのマイノリティであることを示しているだろう。
強固な階級意識が根付いており、それは世襲のものであるという意識も強い英国では、自分たちが社会のヒエラルキーにおいて「本来あるべき位置」を他者に奪われたという感覚は、非常に濃厚な喪失感に結び付く。また、自分たちが本来存在すべき位置を移民に奪われていると思う場合には、英国人は移民にはなれないので、その位置はもう取り戻せないものだと思い込むことになる。
そして、 「経済的な喪失感」を覚える人々は過激な極右政党を支持する可能性が高いことから、UKIPやBNPといった極右政党の台頭が促進され、離脱へと向かっていったと言える。
また、労働者階級の問題に関しては、歴史の面からもアプローチが可能である。
戦時中は「ピープル」と呼ばれ、戦時中ほど労働者階級の人々が必要とされた時代はなかった。しかし戦後、 Thatcherの緊縮財政、ネオリベラリズムにより社会の邪魔者扱いとされるようなったという歴史が存在する。
「白人」であれば人種的にはマイノリティではないので、「差別」や「平等」を考えるときにスルーしても構わないと見なされ、社会のスケープゴートにしても批判されないという支配階級にとっての利点があった。90年代以降、歴代政権は、階級の問題を人種の問題にすり替えて、人々の目を格差の固定と拡大の問題からそらすことに成功してきたのだ。このような戦略が、2016年のBrexitをめぐる国民投票の皮肉な結果に結び付いたと説明できる。
それまで気にならなかった他者を人々が急に排除し始めるときには、そういう気分にさせてしまう環境があるのであり、右傾化とポピュリズムの台頭を嘆き、労働者たちを愚民と批判するだけでなく、その現象の要因となっている環境を改善しないことには、それを止めることはできない。 すべての人々を結びつけ、立ち上がらせることができるのは、人種問題ではなく、経済問題であるため、労働者階級を民族問題から解放せねばならず、「白人」という枕詞をつけさせ続けてはいけない。
今回そのようなことを学んだのは、
労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱
ブレイディみかこ著 光文社新書
という本。

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自分なりに大事だと思ったところをまとめたので、興味のある方は読んでいただければ、と思う。
特に本を読んだ上で自分なりの解釈だったり派生させたことを書いたりしているわけではないが、一種の教科書的な感じで大事な点をさくっとまとめ、自分の知識の幅を広げていくためのアウトプットのツールとして使うことにしている。また記事の最初にVocabs欄を設け、キーワードや専門用語などを載せているので知識を効率的に広げていただきたい。読者の方々にはもし知らないことがあれば身につけていただきたいし、ただ要約しているだけなので、よくわからない点があれば自ら 購入して読んでいただくなりと、自由に使っていただければと思う。
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