Book Memories vol.13: 労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱
Theme: 政治
Time: 約30分
Difficulty: 中
英国のEU離脱(Brexit)は、最近の国際政治における重要なテーマの一つとなっている。皆さんも一度はニュースで見たり聞いたりしたことがあるだろう。
vol.12の記事
Book Memories vol.12: ポストBrexit・コロナ時代の新・EU論 -大学生のための2020年度テキスト - BobY2
で述べたように、
① EU加盟は既得権者の利益になっているとみなされ、格差拡大などで不満を持つ人々がBrexitに票を投じた。
② 東欧などからの移民が増え、工場や農場で地元の人々の職を奪っているとの不満がイングランドで高まった。反移民感情がBrexitに向かった。
③ 英国の政策をEUに縛られることなく自分で決めたいというナショナリズムが強まった。
④ 離脱派のキャンペーンが偽情報の流布も含め巧みだった
といった理由が背景となって引き起こされた政策であると言われている。
Brexitには様々な理由が存在していると理解できるだろうが、昨今特に問題として挙がっているのは、労働者階級の移民に対する排外主義を大きな理由として離脱へと導かれたと思われている点である。離脱派の国民投票で離脱派が勝利した瞬間、彼ら英国人労働者階級の人々は、世界中から「不寛容な排外主義者」認定されてしまったのだ。
しかし、世間一般で言われていることと、地べたから見た真実は異なるものである。労働者階級の生の声を聞くとともに、社会的な枠組みの中で大枠的に捉えることで、新たな真実が見えてくる。
白人労働者階級は生まれながらに恵まれた立場にいると考えられ、特に白人男性は、「どんな点でも有利な位置を獲得している」と思われてきた。だが、白人労働者階級の多くの人々はいま、疎外感や、力を奪われているような感覚、白人労働者階級が本来受けるべき政策を受けられていないという感覚を抱いている。 アイデンティティ・ポリティクスの重視によって、マイノリティと呼ばれるグループには機会やアクセスの平等が約束されているのに、自分たちにはそれが与えられていないと感じているのだ。労働者階級は偏見のせいで、雇用や福祉、公共サービスの現場で、自分たちが平等な扱いを受けられなくなっていると信じている。
アイデンティティ・ポリティクスの副作用として、白人が堂々とマイノリティであることを主張できなくなるという新たな問題も生じている。貧しい労働者階級の白人男性は、従来のアイデンティティ・ポリティクスでは、全方位でマジョリティになってしまうので、人種、ジェンダー、LGBTなどのアイデンティティの枠組みが強調されてきた政治トレンドの中では、「自分たちの声は政治家に聞かれていない」という意識が育っている。白人労働者階級には、ともによって立てるカルチャーのリソ-スがなく、結果として「同じアイデンティティの集団」ではなく、「個人」のモラルを重視することになる。こうして白人労働者階級のコミュニティは、自ら社会から孤立し、自分たちの不利な立場について、「自己責任だ」とみなされることを受け入れてしまう。
「マイノリティなのか、そうでないのか」という問題自体が激しい論争の的になり、マイノリティとしての存在認定が下りていないという点自体が、白人労働者階級がそれ以外のクラスタとは異なる「新たな」タイプのマイノリティであることを示しているだろう。
強固な階級意識が根付いており、それは世襲のものであるという意識も強い英国では、自分たちが社会のヒエラルキーにおいて「本来あるべき位置」を他者に奪われたという感覚は、非常に濃厚な喪失感に結び付く。また、自分たちが本来存在すべき位置を移民に奪われていると思う場合には、英国人は移民にはなれないので、その位置はもう取り戻せないものだと思い込むことになる。
そして、 「経済的な喪失感」を覚える人々は過激な極右政党を支持する可能性が高いことから、UKIPやBNPといった極右政党の台頭が促進され、離脱へと向かっていったと言える。
また、労働者階級の問題に関しては、歴史の面からもアプローチが可能である。
戦時中は「ピープル」と呼ばれ、戦時中ほど労働者階級の人々が必要とされた時代はなかった。しかし戦後、 Thatcherの緊縮財政、ネオリベラリズムにより社会の邪魔者扱いとされるようなったという歴史が存在する。
「白人」であれば人種的にはマイノリティではないので、「差別」や「平等」を考えるときにスルーしても構わないと見なされ、社会のスケープゴートにしても批判されないという支配階級にとっての利点があった。90年代以降、歴代政権は、階級の問題を人種の問題にすり替えて、人々の目を格差の固定と拡大の問題からそらすことに成功してきたのだ。このような戦略が、2016年のBrexitをめぐる国民投票の皮肉な結果に結び付いたと説明できる。
それまで気にならなかった他者を人々が急に排除し始めるときには、そういう気分にさせてしまう環境があるのであり、右傾化とポピュリズムの台頭を嘆き、労働者たちを愚民と批判するだけでなく、その現象の要因となっている環境を改善しないことには、それを止めることはできない。 すべての人々を結びつけ、立ち上がらせることができるのは、人種問題ではなく、経済問題であるため、労働者階級を民族問題から解放せねばならず、「白人」という枕詞をつけさせ続けてはいけない。
今回そのようなことを学んだのは、
労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱
という本。
link below ↓
自分なりに大事だと思ったところをまとめたので、興味のある方は読んでいただければ、と思う。
特に本を読んだ上で自分なりの解釈だったり派生させたことを書いたりしているわけではないが、一種の教科書的な感じで大事な点をさくっとまとめ、自分の知識の幅を広げていくためのアウトプットのツールとして使うことにしている。また記事の最初にVocabs欄を設け、キーワードや専門用語などを載せているので知識を効率的に広げていただきたい。読者の方々にはもし知らないことがあれば身につけていただきたいし、ただ要約しているだけなので、よくわからない点があれば自ら 購入して読んでいただくなりと、自由に使っていただければと思う。
[Vocabs]
・The New Minority: White Working Class Politics in an Age of Immigration and Inequality:
ザ・ニュー・マイノリティ 移民と不平等の時代の白人労働者階級政治。
ジャスティン・ジェスト著。
労働者階級出身の友人たちの聞き取りや、現労働党党首ジェレミー・コービンのブレーンたちも参照したのではないかと思われる2016年の話題書。
・YouGov UK:英国の市場調査会社。
・UKIP:United Kingdom Independence Party。
英国独立党。
EU離脱キャンペーンの核となった右翼政党。
・Shadow Cabinet:影の内閣。
英国で野党第一党が作るもう一つの内閣。政権交代時の準備と現政権の監視が目的。
・超緊縮財政政策:キャメロン元首相とオズボーン元首相による第二次世界大戦後最大規模と言われる緊縮財政政策。
「債務残高がGDP比90%に近づいている英国は、このままではギリシャのような状況になる」と国民を脅し、2014年までに総額810億ポンド(約12兆円)の歳出削減を目標とし、4年間で25%前後もの予算削減を行うと発表した。
・DiEM25:Democracy in Europe Movement 2025。
・GCSE:General Certificate of Secondary Education。
義務教育終了資格。
・ゼロ時間雇用契約:雇用主が必要とするときにだけ労働者に仕事を提供するという待機労働契約。週当たりの労働時間が保証されない。
・PQE:People's Quantitative Easing。
・Skype Kids:英国人と結婚しているのに、英国に住むための配偶者ビザが下りないから、妻は外国に子どもと一緒に住んでいて、父親だけが英国にいるというケース。
父親とSkypeでしか話せないから、そう呼ばれる。
・SNP:Scottish National Party。
英国からの独立を目指す。
・ジェントリフィケーション:都市において比較的貧困な層が多く住む中下層地域に、再開発や新産業の発展などの理由で比較的豊かな人々が流入し、地域の経済・社会・住民の構成が変化する都市再編現象。
・ハウジング・ラダー:住宅資産の梯子。
・インクルージョン:社会的包摂。
・ニュー・マイノリティ:近年の白人労働者階級。
・ソーシャル・アパルトヘイト:労働者階級の人々が多く住んでいる公営住宅地の学校に通っている子どもたちは、高級住宅地の優秀な学校に通っている子どもたちとの接点がなく、まるでパラレルワールドを生きているような状況になること。
・福祉排他主義:一定のグループだけが国から福祉を受ける資格を与えられるべきだ、という考え方。
顕著に見られるのは、「移民や外国人は排除されるべき」というスタンス。
・ホワイト・トラッシュ:白い屑。
白人の下層階級が社会から周縁化され、社会的排除の対象になっているグループだということを象徴的に示している。
英国国民党。
反民主主義システム的な極右組織。
・EDL:English Defence League。
イングランド防衛同盟。
反民主主義システム的な極右組織。
・ティーパーティ運動:2009年からアメリカ合衆国で始まった保守派のポピュリスト運動。
バラク・オバマ政権の自動車産業や金融機関への救済の反対、さらには景気刺激策や医療保険制度改革(オバマケア)における「大きな政府」路線に対する抗議を中心とする。
茶会運動ともいう。(Wikipedia)
・ザ・ピープル イギリス労働者階級の盛衰:みすず書房。
Oxford大学の歴史学者セリーナ・トッド著。
・ブラック・カントリー:イングランド中央部、Birminghamを中心とした工業地帯のこと。
炭鉱、鉄鉱山、製鉄所などが集中し、黒煙が空を覆い街中が黒くなっていたためこう呼ばれる。
・ブラック・フライデー:1910年11月、Londonの国会議事堂の外では、サフラジェットという武闘派女性参政権運動の女性闘士たちと警察が衝突し、血みどろの暴動になった事件。
それまでは家庭で優しく微笑んでいるものと思われていた女性たちが、暴徒のようにいきなり路上で暴れ始めたと、新聞各紙がセンセーショナルに報じ、社会を震撼させた。
・WSPU:Women's Social and Political Union。
エメリー・パンクハーストが率いた婦人社会政治同盟。
目的達成のためには暴力的手段も否定せず、公有財産も私有財産も等しく破壊して回ることによって、女性参政権の必要性に政府や人々の目を向けさせようとした。
サフラジェット運動の象徴。
・ケーブル・ストリートの闘い:1936年、モズリーのBUFの2千人から3千人のメンバーたちが、ナチス風の黒い制服を身に着け、イーストエンドのユダヤ人が多く居住する地区で反ユダヤ的なマーチを行った。しかし、これに対して、ユダヤ人、アイルランド人、社会主義者、共産主義者、アナキスト、一般の労働者たちが一丸となって抗議を行った。
いかに英国の労働者たちが反ファシストの気風に傾いていたかということを示している。
・ピープルの戦争:第二次世界大戦のこと。
・ベヴァリッジ報告書:1942年の終わりに発表された、「ゆりかごから墓場まで」の福祉制度の実現を約束するもの。
・ピープルの革命:1945年の総選挙。
終戦の年、戦時中に国民を率いて英国を勝利に導いたウィンストン・チャーチルの保守党が、なぜか選挙で大敗を喫し、労働党政権が誕生するという大番狂わせが起こった。
・ブリティッシュ・インヴェイジョン:英国産ポップカルチャーの海外輸出戦略。
・クローズド・シップ制:全従業員が組合に加入しなければならないというもの。
・ブロークン・ブリテン:金も、仕事も、集団で闘う権利も奪われ、アイデンティティすらも奪われた労働者階級の人々の内的な変化は、新たな下層文化の始まりを意味していた。
荒んだ下層社会を象徴する言葉。
・チャヴ:荒廃を極めていた貧困区での、反社会的行動をとりがちな不良たち。
貧乏でダサい。
・SCROUNGER:スクラウンジャー=たかり屋。
失業保険や生活保護の不正受給を行っている人々。
・チャヴ暴動:2011年夏、人びとの不満と怒りが英国のストリートで暴発し世界的にも大きく報道されたLondonの暴動の発端は、Tottenhamで警官に黒人男性が撃たれたことだったが、それがBirmingham、Manchester、Nottingham、Bristol、Liverpoolなど全国各地に飛び火した頃には、白人の労働者階級の若者が多く参加していたことから、こう呼ばれた。
本文
第I部 地べたから見たブレグジットの「その後」
[1.ブレグジットとトランプ現象は本当に似ていたのか]
[2.いま人々は、国民投票の結果を後悔しているのか]
[3.労働者たちが離脱を選んだ動機と労働党の復活はつながっている]
[4.排外主義を打破する政治]
[5.ミクロレベルでの考察 —離脱派家庭と残留派家庭はいま]
第II部 労働者階級とはどのような人たちなのか
[1.40年後の『ハマータウンの野郎ども』]
[2.「ニュー・マイノリティ」の背景と政治意識]
第III部 英国労働者階級の100年 —歴史の中に現在が見える
[1.叛逆のはじまり]
[2.1945年のスピリット(1939年ー1951年)]
[3.ワーキングクラス・ヒーローの時代(1951年ー1969年)]
[4.受難と解体の時代(1970年ー1990年)]
[5.ブロークン・ブリテンと大緊縮時代(1990年ー2017年)]
・政権や政策が変われば、最もダイレクトにその影響を被るのは、労働者階級の住む地域。
・EU離脱投票で離脱派が勝利した瞬間、彼ら英国人労働者階級の人々は、世界中から「不寛容な排外主義者」認定されてしまった。投票結果分析で、英国人労働者階級の多くが離脱票を投じ、彼らこそがブレグジットの牽引力になっていたことが判明したからである。
だからといって、白人英国人の労働者階級の人々がみな離脱派だったと決めつけるのは短絡的だし、差別的ですらある。
・英国の労働者階級はなぜEU離脱投票を投じたのか、そもそも彼らはどういう人々なのか、彼らはいま本当に政治の鍵を握るクラスタになっているのか、どのような歴史を辿って現在の労働者階級が形成されているのか―。
第I部 地べたから見たブレグジットの「その後」
1.ブレグジットとトランプ現象は本当に似ていたのか
ブレグジットを支持した人々と、トランプを支持した人々
・英国のブレグジットと米国のトランプ現象は、これまで常にセットとして語られてきた。
ポピュリズムの高まり、庶民の右傾化、ブレーキのきかない排外主義、「終わりの始まり」などの言葉で、2つの事象は結び付けられ、大西洋の両側で起きた同じ現象のように語られてきた。
・「社会の進歩や経済の繁栄に"取り残された人々"が、愛国心をひけらかす危険なポピュリズムに乗せられた」というのが、ブレグジットとトランプ現象をセットとして語る時の決まり文句だった。
・確かに、高齢者がブレグジットやトランプに票を投じ、若者はそうしなかったところは似ている。
だが、相違する点がある。
英国のブレグジットが、「労働者たちの反乱」といわれるほど労働者階級の人々に支持されたのに対し、米国のトランプ大統領は、実は貧しい層には支持されなかったことが明らかになっている。
ブレグジットを支持した英国民は、じつはトランプ嫌い
・容易にブレグジットとトランプ現象をイコールで括ることは危険。
英国にはトランプのような首相は誕生しない
・英国の人々は、EU議会と英国議会とをまったく別物として切り離して考えている。
・「EU議会では、英国の国益をガンガン強く主張してくれる愛国的な政党がいいけど、国内の政治は、運営能力と経験のあるきちんとした政党でないと任せられない」
と英国の人々はよく言う。労働者階級の人々ほど、そういう傾向が強い。
・国の経済が少し位悪化したところで大勢に影響がないミドルクラス以上の人々なら、冒険的な投票をしてもいいだろう。が、景気が悪くなるとすぐに暮らしが苦しくなる階級ほど、国内政治を左右する選挙ではノリに任せた投票などはしない。
彼らはトランプを支持した米国の人々とは異なり、政治の経験も乏しいのに奇抜な政策を唱えるような人物を国のトップにするようなリスク・テイカーではない。
・忘れられがちな事実だが、ブレグジットは、国の指導者を選ぶための投票ではなかった。だから英国が「右傾化」したといっても、トランプやMarine Le Penのような指導者が現れて急激に支持を伸ばしたというわけではなかった。
・首相の座を狙っていた保守党の大物たちは、EU離脱に強い信念を持っているというよりも、残留派を率いていた元Cameron首相に対するクーデターとして、離脱派に寝返ったと言われている。
だから、投票で離脱が決まった後は、今度は2人で権力争いを繰り広げ、結局それがバックファイアーして両者とも失脚し、彼らの権力争いとは何の関係もなかったTheresa Mayが首相の座を手にした、というか、火中の栗を拾う結果になった。
ブレグジットは文化社会的な問題だったのか
・少なくとも、英国の労働者たちは、ブレグジットさえすれば英国は再びグレイトになるなど思ってはいなかったと思う。だいたい、英国が真にグレイトだったころに生きていた人なんてもういない。少なくとも知る範囲では、ブレグジットに多大な夢や希望を抱いてた人はいない。
・むしろ、あのままCameron政権のごり押しの緊縮政治が続き、苦しい生活からの出口が見えないのは我慢できない、このままではいけない、せめてこの機会を使って下々の者たちの怒りを為政者に知らせなければ、というようなことを訴えていた人が多かった。
・英国では伝統的に「緊縮財政は金持ちのための政策」といわれている。
デフレの方が資産が目減りしないので、富裕層は喜ぶし、彼らには「下層の人々より多い金額の税金を払わされている」という認識があるので、福祉への財政投資が増えると、自分たちの税金をザブザブ使わないでほしいと不満を抱きがち。
さらに、裕福な層は、公共サービスが削減されても何の影響も受けない(裕福な層は病院も学校も私立を利用しているし、福祉も関係ない)。
・昔から緊縮財政には「保守党がする政策」というイメージがついている。
残留派の顔だったCameronとOsborneは、英国人にとって「金持ちのための政策」を象徴する人々だったという事実、そして、EUとそれを主導するドイツのMerkel首相が、欧州の緊縮財政を象徴する存在であったという事実が、英国の有権者におよぼした心理的な効果は小さくなかった。
・離脱票を投じた人々の最大の関心が「移民問題」であったために、ブレグジットは排外主義とレイシズムの高まりを象徴する出来事として受け取られ、トランプ現象の先駆けと理解されたが、あの投票結果を単なる文化社会的な問題として片づけるのは、あまりにも短絡的というか、そこに至るまでの英国の国内政治や社会の変遷の経緯が、ほとんど理解されていないように思われた。
2.いま人々は、国民投票の結果を後悔しているのか
「ブレグレット(=Bregret)」していない英国の人々
・全体的に見ると、英国の人々は「Bregret」はしていないという世論調査結果が出ている。
・大手メディアの論調は「人々は昨年の国民投票の結果を後悔し始めている」「離脱派が心変わりし始めている」というものだったが、じつは英国の人々の意見はまだ拮抗しており、それほど後悔しているわけでもないということが明らかになった。
人々がブレグジットに求めているもの
・「移民の制限」よりは「単一市場」を取りたいと思っている人々の方が多い。
・もしも排外主義が第一の動機であれば、人々は単一市場などぶっちぎっても、移民の流入を止めることを選ぶだろう。
・英国の人々が(その多くが離脱に票を入れた労働者階級の人々も含めて、「移民制限」という社会文化的な問題より、「単一市場に残る」という社会経済的な問題を重視しているということは、労働者たちにとって離脱は、文化的な動機(移民への不満)より、経済的な動機(生活への不安)のほうが大きかったということを示しているのではないか。
3.労働者たちが離脱を選んだ動機と労働党の復活はつながっている
メイ首相の誤算と、労働党の予想外の復活
・May首相は、自らが提唱するハード・ブレグジットに向けての交渉を進めるために足元を固めるどころか、進退問題まで噂されるようになり、選挙後には労働党の支持率が保守党を抜く状況になってしまった。
が、これなども、本当にEU離脱投票の結果が「英国の右傾化」を意味していたとするならば、どうしてそのたった1年後に、英国の人々が「強硬左派」とまで呼ばれるCorbyn率いる労働党に魅力を感じているのか、説明がつきにくい。
米国人が不思議に思った、ブレグジット支持者とトランピアンの奇妙な違い
・英国のブレグジット支持者や欧州の右派は、移民政策や人種に基づく不安と、国家社会保障の拡充の要求を共存させている。
が、米国では、移民への不満や不安を持つ人は、国家全体で「誰でも受けられる社会保障」、特に医療サービスへの財政支出の増大には否定的な傾向があるという。
米国では、移民に対してネガティブな考えを持つ人々は、誰でも平等に使える社会保障制度に対しても反対の立場を取っているという。
・ブレグジットの離脱派が、「誰でも無料で医療サービスを受けられる平等な医療制度」に並々ならぬ熱い思い入れを持ちながら、移民にネガティブな反応を示しているというのは、おかしな現象に感じられるだろう。
米国の場合、排外主義と自己責任論は結びついており、それが右派・保守派の特徴になっているが、英国や欧州ではそこがねじれているという。
緊縮財政と排外主義のリンク
・英国のEU離脱投票で、離脱に入れた人々の最大の関心ごとは「移民問題」だったという調査結果が出ているが、2番目は「NHS」だった。
「EUからの移民が増えすぎている」「EU移民を制限しないと」という意見がさかんに出ていたが、必ずと言っていいほどインフラ不足や公共サービスの質の低下への不満とセットになっていた。
これは重要なことで、英国の人々が排外的になっている理由を示していると言っていい。
・ブレグジットの背景には、保守党政権が2010年から推進してきた強硬な緊縮財政策があったことを見逃すわけにはいかない。
・緊縮財政の状況下で移民が入ってくるとどうなるかというと、それでなくとも公共インフラが削減されているのに、利用者の数ばかり増えていくじゃないかという印象を与えてしまい、公共サービスが劣化すればするほど人々の不満が高まる。
つまり、インフラや公共サービスを充実させている時代であれば、多少移民の数が増えたところで、人々は排外的になる必要もなく、みんなで分け合いましょうという心の余裕も出てくる。
移民・難民の時代と、戦後最大級の削減政治の時代は、致命的なほどミスマッチだった。
・環境を馬鹿にしてはいけない。
昔から移民を受け入れてきた国で、急に排外主義が盛り上がる時期には、そうなりやすい現実的な環境(経済など)というものが必ず存在するのであり、その環境を改善することこそが、時代のムードを変えることに繋がる。
4.排外主義を打破する政治
反緊縮派の問題意識
・ナチスの台頭を生んだのはハイパーインフレだったというのは誤解で、じつはデフレと緊縮こそがナチスを生んだ。
・2008年の金融危機を受けて欧州全体で進められているドイツ主導の緊縮財政と、排外主義や極右政党の台頭が叫ばれる現代は、この時代にそっくりだと指摘される。だからこそ、緊縮財政を今すぐ終わらせなければ非常に危険なのだという意識は、少なくとも欧州の反緊縮派たちにはある。
政治の行方を決める鍵を握る労働者階級
・今後、労働党がさらに支持層を伸ばそうと思うなら、「学歴による意識の乖離」を埋めることが必要であり、労働者階級を取り込めるかどうかが今後の政治の行方を決める鍵になると言っていい。
・労働党が政権交代を起こすには、労働者階級の中高齢者、まさに伝統的な労働党の支持ベースを呼び戻すことが必要不可欠。
・左派は、いまこそ労働者階級の人々と対話し、その価値観や不満や不安を理解しなければならない。
もはや労働者階級を悪魔化し、離れた場所から批判していれば済む時代ではない。ブレグジットという「労働者階級のちゃぶ台返し」を経験した英国の左派は、ようやくそれに気づいた。
5.ミクロレベルでの考察 —離脱派家庭と残留派家庭はいま
「あれか」「それか」の単純な選択ではなく
・それまでは、あいまいに両方の旗を掲げていたのに、急にどちらか一方を選べと言われたから、いたずらに国内が分断されてしまった。
きっとこれからの英国に必要なのは、再び両方の旗を掲げるスタンスではないだろうか。今度はなんとなく曖昧に、ではなく、意図的に。
第II部 労働者階級とはどのような人たちなのか
1.40年後の『ハマータウンの野郎ども』
・「移民は本当に金だけ稼いで自分の国に持って帰るから、彼らはこの国の労働者の待遇の改善なんて全然興味ない」
・「移民を安く使って、太る一方の金持ちたちがいる。
労働者の待遇をどんどん悪くしているのは、労働運動にも加わらず、雇用主とも闘わず、反抗もせずにおとなしく低賃金で働く移民だよ」
・「俺は英国人とか移民とかいうより、闘わない労働者が嫌いだ。
EUからの移民は、出稼ぎで来てるだけだから、組合に入らない。
この国の労働者たちの待遇改善なんて彼らにはどうでもいい。自分たちが金を稼げて、本国にそれをもって帰って家のローンを終わらせれば、それでOK。労働者の流動性は組合の力を弱めたと俺は思うね」
・「組合が弱い国の労働者ってのは、やっぱどこでも惨め」
・「政治家が労働者階級のことなんて考えるわけないのは当たり前だ。だから俺たちが俺たち同士で団結してあいつらと闘わなきゃいけないのに、若い奴らとか移民とかはそんなこと考えてもみない。だからどんどん悪くなっていくんだ、そんなの当たり前だ」
・「問題は、金だけ稼ぎに来て荒稼ぎして帰る奴らなんだ」
・「こういう国の一大事をさ、ふつう俺ら市井の人間が決めるなんてできないだろ。
......俺らにそういうのやらせるのが間違ってたよな。不満がたまってりゃ、政府に中指突き立ててやりたくなるよ、誰だって」
・「俺は今でもBlairはいいことしたと思ってるよ。あの時代は、俺にとっては良かった。だいたい、社会をドロップアウトしたみたいな生き方してた俺に、まともに仕事をゲットするチャンスを与えてくれたのは、Blairの政治だったから。今はネオリベラルだの何だの、Thatcherと同じぐらい悪かっただの言われているけど、ワーキングクラスにチャンスをくれたのはBlairだよ」
・「Corbyn自体が、彼も生まれ育ちはアッパークラスのお坊ちゃんだから。
社会主義とか平等主義とか唱えるのは、だいたい腹を空かしたことのない階級の奴らよ」
・一生涯、一つの政党しか支持しないとか、そういう生き方は今の若者はしない」
・「離脱に入れたのは、この国はEUからの移民を制限すべきだと思うから。学校も、病院も、このままではパンクする」
・「量的緩和は保守党もやったじゃねぇか。でも全然効いてない。トリクルダウンなんて、何もトリクルしてこねんだよ。財政均衡は俺は大事だと思っている。国の借金は返さないと、経済は悪くなる」
・「国債みたいなまやかしみたいのは俺は信用できない。経済学者とか政治家とか、あいつらは末端の生活を知らないから。あいつらがアホな実験をやって失敗すると、とばっちり食らうのはいつも俺らだ。浮ついたこと言ってても、飯は食えない。ワーキングクラスの人間はそのことを知っている」
・「この国は乗り切れる。俺たちはいつもそうなんだよ。沈むときは沈む。でもまた何度も浮かんできた。まず、きちっと国が主権さえ取り戻して、国のことは自分たちで決められるようにならないと。EUの官僚たちなんて俺らは選挙で選んでないんだから、知らない奴らにあれこれ決められるのはもうまっぴらだ。第一、Brusselsの奴らが英国のことなんて考えるわけないじゃねえか。英国のことを考えるのは英国人だけだ。自分のことは自分でやんないと。そこに戻るだけだ」
・「残留したからって、俺らの未来は明るかったか?真っ暗だったじゃねえか。だったらどっちみち暗いんだし、何か変えてやろうと思ったんじゃねえのか?
実際、Cameronは辞めたし、Mayはガタガタだし、俺はCorbynは嫌いだけど、労働党が人気出てるせいで、Mayまで大学授業料負担減額とか言い出してるし、良かったんじゃねえのか。結果的にはバランスが取れてきたじゃないか。
もう保守党が自分勝手に好きなようにできなくなったから。あのままCameronとOsborneにこの国を任せてたら、えらいことになってただろ。それは皆分かっていたと思う」
・「俺たちの階級は、賭けないと、何も変わらない。労働者階級は皆賭けをやって、成功した奴は登っていくし、負けた奴は登っていけない。楽に生きられる階級の人間は何も賭けたくないけど、俺たちは賭けないとどうにもならない階級。俺は生まれてくる子供のことも考えてるし、そのためにもハード・ブレグジットしかないと思う。移民を制限できないんだったら、離脱したって何の意味もないしな」
・「EU圏の移民を入れる前に、実の親子を一緒に暮らさせてやれよ。英国人の親子なのに」
・「ひでえ話がいっぱいあるよ。ポーランド人の移民とかがカップルでやってきて、子どもつくって学校に通わせて普通にこっちで生活してるいるのを見ると、どうして英国人が配偶者や子どもと引き離されて生活しなきゃいけないんだと思う。優先順位が間違ってるだろ」
・「俺は国境を閉ざせとか、一国で孤立しろとか言ってるわけじゃない。俺だって外国人と結婚してるし、毎年タイに行ってるし、外国人に対して偏見があるわけじゃない。国境を開くっていうなら、貧しい子どもも、ビザだの何だの面倒なことしないでも、俺がこの国に引き取れるようにするべきだろう。どうしてEU国だけなんだよ。それも結局は、閉ざしていることに変わらないんじゃないのか、EUの外の世界に向かって?」
・「まず、主権を取り戻すこと。自分たちで自分たちのことを決め、国境を管理できるようになること。それが必要だと思うから。俺は英国もカナダやオーストラリアみたいにポイント制で移民を制限すべきだと思ってる。UKIPのFarageが言ってたように。どうしてカナダやオーストラリアがそれをやるのはオッケーなのに、英国でそれをやろうと言うと排外主義とか言われるのかな。英国に不足しているスキルを持った人材を入れるってのは、合理的だろ」
・「若い奴らで、ゼロ時間雇用契約とかで働いている奴らがいっぱいいるだろう。非人間的ってのはああいうことを言うんだ。移民がこの国の若い奴らから仕事を奪うような状況はよくない」
・「ゼロ時間雇用契約は、政府が禁止しないと。ニュージーランドでは禁止されてるんだろ?素晴らしいじゃないか。ニュージーランドとか、オーストラリアとか、カナダとか、ああいう英連邦国がやってることを真似した方がいい。もともと、EUがどうとか言い出す前は、俺らの兄弟はあっちだったんだ、欧州国じゃなくて」
・「UKIPもFarageも、すでに国に入ってきている移民をいじめろとか、排斥しろとかは一言も言ってない。UKIPが言っているのは、そういうことではなく、国境の管理の問題だ。レイシズムと国境の管理は別物だろ?移民制限が必要と言ったら、すぐレイシスト呼ばわりされるが、それは同じことじゃないだろう?どこの国だって国境制限しているだろう。それが政治の役割だ」
・「労働者の価値観とは、助け合うこと。困っている者や虐げられている者を見て、放っとかないこと」
・「UKIPも、Farageの頃は、英国人とか、いや、この国に既にいる者たちの間の助け合いを強調していた。グローバル主義者は、国の中にいる者よりも、外を大事にする。
......EUは、結局ドイツとか、一部の国だけが得をするようにできている。Farageが欧州議会で今でも闘っているじゃないか。彼が欧州議会でEUにガンガン抗議しているのは、毎回見ていてすっきりするね。あれこそ、国の人間たちのことを考えている態度だ。グローバル企業とか銀行のことばかり考えている政治家が多すぎる」
・「今国内にいる大勢の人々の生活をよくすることが、グローバルなビジネスで儲けている少数の奴らを喜ばすことより大事って言った点では、CorbynはFarageと同じだよ。でも、FarageとUKIPは、そのための具体的な政策は出せなかったから、限界があった。でも、労働党は大政党だから、それができるんだ」
・「たくさんのビジネスが英国に戻ってきて、エキサイティングな時代になると思う」
・「EUの中に留まっていたって、経済が好調かっていうとそんなことはなかったわけだし、たとえば、私の実家のあるウェールズは、EUのおかげでもっとひどくなった。わずかに残っていた産業も海外の人件費の安い国に拠点を移したり、新しくできた工場には、雇用主が東欧からまとめて労働者を連れてきたり......。ビジネスや人が自由に国の間を動けるようになると、産業がなかったところはもっと産業が無くなって、人々の暮らしは惨めになるのよ。
ここらでそれは止めないといけないと切実に思う。経済は、ただ数字がよくなるのではなくて、ウェールズのような辺境の人々の日常にもその恩恵が出てくるような、そういう良くなり方をしないと、良くなったとは言えないでしょう」
・ウェールズは離脱票が多かった。
・「ウェールズに残っている人たちのことを考えると、グローバル経済に一票を投じることはできない」
・「NHSはもう昔の古き良き時代のNHSじゃない。そういうパーソナルなサービスは資金的に不可能だし、それが出来るスタッフを繋ぎとめる報酬も払えないから」
2.「ニュー・マイノリティ」の背景と政治意識
・「マイノリティなのか、そうでないのか」という問題自体が激しい論争の的になり、マイノリティとしての存在認定が下りていないという点自体が、白人労働者階級がそれ以外のクラスタとは異なる「新たな」タイプのマイノリティであることを示しているだろう。
彼らはどんな人々なのか
・膨れが上がった中間層に属している人々は、様々な欧州国の民族性を持つ白人層と、資本主義的エリート層に包摂され統合された移民の人々の層である。こうした変化は、労働者階級のコミュニティを縮小しただけでなく、昔であれば一絡げに「労働者階級」と呼ばれた人々の層を、「野心的で勤勉な移民労働者」の層と、「それ以外の白人労働者たち」の層へと分断させることにもなった。
・英国と米国は、最も社会的流動性の低い国となっている。
つまり、英米は、低所得層に生まれた子どもはそのまま低所得者層の大人になる可能性が最も高い社会になっているということ。
・白人労働者階級は生まれながらに恵まれた立場にいると考えられ、特に白人男性は、「どんな点でも有利な位置を獲得している」と思われてきた。
だが、白人労働者階級の多くの人々はいま、疎外感や、力を奪われているような感覚を抱いている。
・無力感を3つの分野に分類している。
①数が減少しているという認識
白人労働者階級の数は継続的に減少を続けている。
②排除されている気分
アイデンティティ政治の重視によって、マイノリティと呼ばれるグループには機会やアクセスの平等が約束されているのに、自分たちにはそれが与えられていないと感じている。
③差別の対象になっているという意識
白人労働者階級の人々の多くが、「自分たちは差別の対象にされている」という意識を抱いており、白人のミドルクラスだけでなく、移民からも差別されているという感覚を持っている。
・労働者階級は偏見のせいで、雇用や福祉、公共サービスの現場で、自分たちが平等な扱いを受けられなくなっていると信じている。
白人労働者階級の疎外感
①システム的なバリア ―拡大する機会の平等、一方で蔓延する福祉排他主義
・ソーシャルアパルトヘイトは、いたずらに社会の分断を生むばかりか、労働者階級の子どもたちと中流・上流階級の子どもたちの能力格差を生み、若者たちの機会不平等を定着させていると指摘されている。が、この状況は改善されるどころか、一層激化している。
・排他主義は、本来であれば福祉によって最も恩恵を受けるはずの層の人々が、なぜか再分配の政策を支持しないという皮肉な傾向に繋がってしまうという。
「恩恵を受ける資格のない人々まで受けるから、再分配は良くない」という考え方である。
本来は彼らの不満は再分配を求める声になって然るべきなのに、それが排外主義や生活保護バッシングなどに逸脱してしまい、自分たちを最も助けるはずの政策を支持しなくなる。白人の割合が高い労働者階級のコミュニティほど、この傾向が強いという。
②「大概なき不満」のバリア ―白人というマジョリティの中の下層民
・白人労働者階級は隔離された状況にあるが、たとえ彼らが、自分たちの不満の声を上げるために、有権者として連帯しようとしたとしても、彼らには旗印にできるアイデンティティが欠如している。
・新自由主義と市場主義の社会で、労働者階級の存在や仕事が評価されなくなるにつれ、白人労働者階級は不可視の(見えない)存在となり、彼ら自身が、自分たちのアイデンティティと「社会の中での居場所」を失っていった。
・移民労働者たちが地域コミュニティの中で、「自分たちは周縁化された存在である」と団結して声を上げることができるのと対照的に、貧しい白人たちは、草の根のレベルで団結して声を上げることもできず、「君たちは貧しくとも白人なのだから、困窮しているのは自己責任の問題である」と見なされ、堂々とマイノリティであることを主張できなくなる。移民やLGBTなどのグループと比較すると、「不満の声を上げてはならない周縁グループ」とみなされているのである。
・白人労働者階級には、ともによって立てるカルチャーのリソ-スがなく、結果として「同じアイデンティティの集団」ではなく、「個人」のモラルを重視することになる。
こうして白人労働者階級のコミュニティは、自ら社会から孤立し、自分たちの不利な立場について、「自己責任だ」とみなされることを受け入れてしまう。
③政治的なバリア ―政治に無視されているという感覚
・表面上は目につかない形で階級を固定していく社会システム上の問題や、排除の対象になっているのに団結しにくい白人労働者階級の心理的な問題により、白人労働者階級のコミュニティは政治・社会的な運動に参加しなくなった。
よって、彼らのコミュニティには、政治参加を可能にするリソースが限られており、政治的な組織・団体も少ない。
・政党はあまり政治的ではない白人労働者階級に話しかけるのをやめ、中流・上流階級に焦点を合わせて政策を作り、その伝達を行ってきた。
そのため、主流政党から無視された貧しい白人労働者階級の人々は、主流政党よりも、極端な主張を持つ右翼政党の選挙運動員と合って話を聞かされる機会が多いという。
こうした政党が、彼らの利益になる政策を掲げているわけではない。つまり、白人労働者たちは、自分たちのためにならない政党を支持するようになっているのだ。
・貧しい労働者階級の白人男性は、従来のアイデンティティ・ポリティクスでは、全方位でマジョリティになってしまうので、人種、ジェンダー、LGBTなどのアイデンティティの枠組みが強調されてきた政治トレンドの中では、「自分たちの声は政治家に聞かれていない」という意識が育っている。
白人労働者階級の政治への態度—英国の青年が「政府なんてファック」という理由
・労働者階級が多く居住しているLondonのEastendと米国のOhio州Youngstownの双方のコミュニティは、劇的な経済的変化、そして人口統計上の変化を経験し、それによって個人的にも、集団としても、繁栄から「落ちぶれた」という心情を持っているという点で相似しているという。
経済的にも、社会的にも失墜したというトラウマに加え、政治からも見放され、それについて自分たちの手で何かができるとも考えられなくなっている。
・1945年の労働党政権が「ゆりかごから墓場まで」と呼ばれる福祉制度を築き上げ、労働者階級こそがその恩恵にあずかって生きてきたので、英国には「政府の力は強大」という歴史的刷り込みがある。
しかし、その福祉社会がことごとく解体され、機能することをやめた時代には、「政府の力は強大で何でもできるはずなのに、もう自分たちのためには政府はその力を使わない」となって「政府なんてファック」になり、能動的なアンチ・ポリティックスの方向に走る人々も出てくる。
・「何かを爆破しなきゃダメなんだよ。そうでないとイングランドは止められない。最後にそれをやったのは2005年7月7日(London同時爆発テロ事件)。それをやるか、何か犯罪をやること。トップの人々の関心を引かないといけない」
ヒエラルキーにおける自己認識 ―①英国London Eastendの場合
・英国では、人々が考えているヒエラルキーのモデルは、家柄、人種といった世襲のものによって決められ、社会で生きる上での特権は、それにより与えられているという考え方。
ヒエラルキーにおける自己認識 ―②米国Ohio州Youngstownの場合
・彼らの階級の概念は、単に収入の差によって決まっていて、英国の人々のように生まれながらの特性や世襲のものには基づいていなかったという。
・米国では物質的豊かさが、社会的地位や、影響力の有無を決めるファクターだと思われていて、英国のように、家柄や人種のような世襲のものではない。
つまり、資産やリソースを多く獲得すれば階級の移動は可能であって、境界線は、英国のように、確固とした、生まれながらの超えられない壁ではないようだ。この点からは、「アメリカン・ドリーム」の概念がいまだに残っていることを感じさせられる。
・米国では、福祉の補助金を受けている人々を、「援助に値する貧者」と「援助に値しない貧者」に明確に区別して考える傾向が強い。
・英国とは対照的に、米国では、「白人の方が政府の援助を受けるべきだ」と答えた人は少なかった。これは、米国では、「白人には世襲の有利性はあるが、米国にはすでに、黒人が競争できる土壌ができている」ことと、
もう一つの理由は、「元を正せば自分たちも移民の子孫だ」という自らのルーツを意識しているからだ。
「喪失感」と「政治への態度」のリンク
・"大きいギャップ"の人々は、民主主義のシステムを能動的に損ない、混乱させ、回避し、または転覆させようとする、能動的な反システム派であることが多かった。
一方で、"小さいギャップ"の人々は、民主主義のシステムの中で能動的に政治に関わっていたり、あるいは民主主義のシステムを支持しながら、政治的には受動的な態度を取っているタイプが多かった。
"ギャップがない"人々は、民主主義のシステムにもアンチの立場であり、政治的でもないことが多かった。
この調査結果からは、白人労働者階級の政治に対する態度は、明らかに、彼らが社会の中で抱いている喪失感によって左右されていることが分かる。
London東部における喪失感の特性 ―階級上昇や運命を変えることへのあきらめ
・強固な階級意識が根付いており、それは世襲のものであるという意識も強い英国では、自分たちが社会のヒエラルキーにおいて「本来あるべき位置」を他者に奪われたという感覚は、非常に濃厚な喪失感に結び付く。また、自分たちが本来存在すべき位置を移民に奪われていると思う場合には、英国人は移民にはなれないので、その位置はもう取り戻せないものだと思い込むことになる。
・英国人の労働者階級は、白人の中での階級移動の可能性、つまりミドルクラスやアッパーミドルのクラスタに自分たちが登っていける可能性についても信じていないことが多く、これは社会のヒエラルキーが出自で決定されるという意識が強い英国ならではの傾向だろう。
このため、ロンドン東部の労働者階級の人々には、ヒエラルキーを登っていこうとするよりは、自分たちが本来いるべき場所を、現在そこにいるクラスタから取り戻そうという意識の方が強く見られたという。
・喪失感の小さい人、またはまったくなかった人は、ヒエラルキーは人種ではなく、収入や財産によって決まると信じている傾向が強かった。
米国Youngstownにおける喪失感の特性 —原因を歴史的サイクルに見る
・London東部に見られたような、「一度ヒエラルキーの位置を落ちると、それは恒久的に続くのだ」というような意識は低い。
従って、自分のヒエラルキーの位置が下がったとしても、Youngstownの人々は、London東部の人々のような大きな喪失感は感じていないという。また、喪失感が大きかった一部の人々も、「今は後退時で、またいい時も来る」と考えているそうだ。
・London東部との大きな違いは、Youngstownの調査対象者たちは、そのほとんどで喪失感は小さく、政治に対する態度も、受動的なタイプの人々が多かったこと。
しかし、例外は60歳以上の高齢者たちで、彼らのほとんどで喪失感が大きく、この変化は恒久的に続くものであり、マイノリティが自分たちよりも高いヒエラルキーの位置を獲得したと信じていた。
この点では、米国でも、高齢の白人労働者階級の意識は、London東部の人々に似ていると言える。
「喪失感」と「極右支持」のリンクはあるのか
・極右を支持する傾向にある人々は、「自分の政治的影響力」「政治家に関心を抱かれているか」について喪失感を覚え、「経済的欠乏」を強く感じ(経済的な没落。必ずしも貧困を意味しない)、「社会的な没落」を認識していることが多かったという。
・米国Youngstownの調査では、興味深いことに、トランプを支持する人々に影響を及ぼしている唯一のファクターは「経済的な喪失感」であり、政治的、社会的な喪失感を覚えている人々は、ティーパーティや、今は存在しない仮想の過激な極右政党を支持する可能性があるという結果が出ている。
白人労働者階級にアピールする政治
・政治勢力は何をすれば労働者階級にアピールすることができるのか
エリート階級の外側から候補者を立てること
英国では、候補者が、実際に居住していない選挙区から出馬できるので、労働者階級の多い選挙区の議員が、裕福な地区の居住者であることも多い。
労働者階級の人々は、自分たちの日常的な心配事や関心、労働の価値や実情を肌感覚で理解している政治家を求めている。親や先祖が労働者階級出身だったエリートでは不十分だ。そろそろ白人労働者階級を代表する議員も必要なのだ。
労働者階級のナラティブを使え
候補者が労働者階級出身でない場合には、選挙区の人々が使っている言葉や、ライフスタイルに対する共感を示すことが必要。
労働者階級の人々は、政党や政治家が、他のクラスタと同じように、自分たちのことも気にかけ、自分たちの票を集めたがっているということを実感したいのだ。
労働者階級を無力なものたちとして扱うな
労働者階級の大半は、最低賃金も稼げていないが、福祉に頼って生きているわけではないと思っている。
彼らは「自分たちは自立した働き者の階級だ」と誇りを持っているので、政治家が、貧窮対策プログラムの強化や最低賃金の引き上げなどを約束することでは満足しない。
労働者階級=労働組合だと思うな
時代は変わった。もう白人労働者階級のほとんどは、労働組合に入っていない。だから、政党も、議員も、労働組合を介して末端の労働者にアピールすることも、票を集めることもできない。
政党や議員は、自分たちで直接、草の根の活動で労働者たちに訴えていく必要がある。労働組合はもはや、仲介組織としての役割を果たしていないどころか、白人労働者階級は組合に反感を抱いていることも多い。
ノスタルジアではなく、希望を
白人労働者階級の喪失感は、かつてあった「古き良き時代」へのノスタルジアに基づいており、それは破壊的な結果をもたらしかねないものだ。
それゆえ、政治指導者たちは、グローバル経済に労働者階級も組み入れ、労働者階級と移民を共存させることができる、未来への希望あるビジョンを示す必要がある。
・白人労働者階級は、一般に信じられているような「感情的で動物的な人々」ではなく、合理的にものを考える人々だ。彼らは、自分たちの不満や喪失感に関心を持ち、気にかけてくれる政治家を求め、裏切られてきた。だから彼らは、自分たちのために時間やリソースを割いて語りかけられてきてくれる政治勢力の反応する。その点では、他のクラスタとなんの差もあるわけでもない。
・英国と米国では、社会的、経済的な領域で、有権者グループとしての白人労働者階級が孤立させられてきたので、本人たちが「自分たちは周縁化させられた」と感じるほどになってしまった。この層は、政治的に見捨てられてきたからこそ、そこを狙って彼らにアプローチした極右が彼らのクラスタで支持を伸ばしてしまったのだ。
・白人労働者階級は、「施し」を求めているわけではない。誰かに助けてもらうのではなく、自分で自分の生活を変えたいのだ。世間的に思われているよりもずっと、彼らは誇り高い人々なのである。
第III部 英国労働者階級の100年 —歴史の中に現在が見える
1.叛逆のはじまり
人間の性質が変わった時代
1910年という転換点
・1910年は、労働者や女性たちによる、いわゆる「下からの突き上げ」が、これまでになかった勢いで広がった年だった。
第1次大戦後、爆発する労働者の不満
・「労働者階級は、集団になると何をやらかすかわからない」という恐怖心は、議会と労働運動との関係性を変え、第一次大戦終了後10年間で、雇用主と労働者の関係が次々と整備されていくことになる。
メイドたちの叛逆
・戦後やたらと自立や独立を求めるようになった労働者階級の女性たちの存在は、中流階級の家庭のライフスタイルを脅かすものだと真剣に考えられていた。英国の人口の大部分は労働者階級だったにもかかわらず、「時代のニーズ」とは、すなわち「中流・上流階級のニーズ」であると理解されていたのである。
・若いメイドたちが、奉公ではなく契約に基づく労働を、拘束ではなく自由を求め、ブラック労働に中指を突き立て始めたことは、従属しない労働者階級の誕生を中流・上流階級に肌で感じさせるに十分なものだった。
若くスタイリッシュな下層のフラッパーたちは、英国労働者階級の叛逆の象徴だったのである。
ストライキと選挙権、そして階級闘争
1926年のゼネラルストライキ
・第二次世界大戦前の労働者階級を語る時、決まって大きな節目だったと言われるのが、1926年のゼネラルストライキである。
これが「節目」と呼ばれるのは、それが単なる労働者たちによる賃上げ要求の枠を超え、より人間らしい暮らしと扱いを求めて労働者たちが立ち上がった本格的な階級闘争の始まりだったと理解されているからだ。
「右」と「左」ではなく、「上」と「下」との闘いだった
・労働者階級に代わってストリートで働いた中流・上流階級の人々は、自分たちこそが英国の屋台骨なのであり、スト中の労働者たちは別にいなくても済む存在なのだから、平等な待遇を求めて闘うなどということ自体が厚かましいのだと主張した。
・労働者階級はいつも黙っておとなしく支配されているわけではないということを社会に示し、「英国人は、法を順守し統治に協力する統治穏やかな民衆である」という神話を打ち崩した。
・労働者階級の人々は、自分たちの階級より上の人々は、その党派や思想がどうであれ、いざとなれば「民主主義」の美名のもとに結束し、自分たちの抵抗を鎮圧するものなのだと学んだ。
自分たちのために闘う者は自分たちしかいないのだということを、ゼネストの経験で肝に銘じたのだった。
平等選挙の実現と労働党の勝利、しかし大量失業の時代へ
・政府は世界恐慌対策として緊縮財政政策を推進し、失業保険を削減して、以前よりも厳しい収入調査を復活させる。
英国の労働者階級がファシズムに流れなかった理由
・1930年代は、長期失業と絶望の時代だった。
欧州全体に広がった暗い状況の中で台頭してきたのがファシズムである。
・英国の労働者階級が、ドイツの労働者たちのようにファシズムを支持しなかった理由は、
英国の失業率がドイツやイタリアほどひどくなかったことと、
失業手当受給の年齢層が若い世代ではなく、その大半が組合員だったからだ
ということがよく挙げられる。
つまり、英国では、下層の失業者たちが孤立していなかったのである。
・英国の労働組合は、ドイツのそれに比べて強力であり、自律的に動いていた。
さらに、英国の失業者たちは、ナチスに魅了されたドイツの若者たちより年上で、ゆえに人生経験もあり、考え方も明らかに異なっていたのである。労働者階級の有権者たちが票を投じるのは、新興の右翼政党ではなく、あくまでも労働党であり続けたのだ。
・英国では、熱心にファシズムを支持したのは、裕福な階級の出身だった。
金融危機に怯える実業家や店主などが中心だったと言われている。
労働者たちこそが守った民主主義 ―ケーブル・ストリートの闘い
・民主主義に脅かされていた時代に、英国では、その概念を守っていたのは労働者階級の人々だった。
ナチスと英国上流階級のつながりにカウンターを張り、反ファシズムのシンボルになったのは、「怠け者」「社会のお荷物」と呼ばれてきた労働者階級の失業者たちだった。そして彼らは、社会主義というオルタナティブなヴィジョンに惹かれていくことになる。
2.1945年のスピリット(1939年ー1951年)
ピープルの戦争
英国の屋台骨となった労働者階級
・1940年から1945年の5年間もまた、英国社会が劇的な変遷を遂げた重要な時期である。
・労働者階級が「尖った人種」扱いされる一方で、じつは、戦時中ほど労働者階級の人々が必要とされた時代はなかった。
エスタブリッシュメントたちは、彼らを戦力として、そして労働者としても必要としていた。
・1926年のゼネラルストライキでは「国家の悪魔」扱いをされ、大失業時代の1930年代には「国家の寄生虫」呼ばわりされた労働者階級が、いまや英国の屋台骨として市民権を得た。
工場で軍需品、戦車、武器などを製造していた労働者たちは、それまで工場で働いていた人々が夢にも見なかったような賃金を手にした。
・労働者階級の家庭では、同じ階級の子どもたちをリラックスして受け入れたが、中流階級の家庭では、疎開児童に家族とは別の食事を与えたり、部屋も粗末な寝室を与えたりすることが多かった。戦時中の疎開経験が、労働者階級の多くの子どもたちに、階級に対する強い認識を芽生えさせたと言われている。
様々な問題を生み出した疎開計画に携わった人々が、戦後の福祉国家建設に大きな影響を与えたという事実は特筆に値する。このとき、現地で疎開先の家庭と子どもたちを繋ぐ仕事をした人々の多くが、戦後の教育改革と社会改革の実現に大きく貢献したのである。
・1942年までには、政府とメディアは労働者階級の人々を、「労働者たち」ではなく、「ピープル」と呼ぶようになっていた。今やこの階級こそが、英国の文化のメインストリームになっていたのである。
戦後の社会への議論―初版13万部が完売した「ベヴァレッジ報告書」
・戦地の兵士たちも、国内の労働者たちも、まず何よりも望んでいたのは、戦時中のように人々が完全に雇用された社会だった。彼らはもう、1930年代のような長い大量失業の時代には戻りたくなかったのである。
そして1945年、ピープルの革命―労働党政権の圧勝
・終戦の年、戦時中に国民を率いて英国を勝利に導いたウィンストン・チャーチルの保守党が、なぜか選挙で大敗を喫し、労働党政権が誕生するという大番狂わせが起こる。労働党のマニュフェストは、兵士も労働者も一丸となってファシストと戦い、勝利をおさめたピープルに、その分け前を与えることを約束したものだった。戦前の社会は、富める者は自由に富み、貧しいものは自由に苦しめという無介入主義を貫き、自由と民主主義を謳うことでその不平等を覆い隠してきた。しかし、労働党は、国が経済に積極的に介入し、すべての国民に雇用と最低限の生活を保障すると約束したのだった。
チャーチルの保守党はこれに反論し、「社会主義は悪魔の思想」「大きな政府は国を衰退させる」として、ハイテクの著者からの引用を印刷した小冊子を配り歩いた。が、労働党の支持は圧倒的な勢いで広がっていった。
・2016年のEU離脱投票でも、主に貧しい北部の労働者階級がEU離脱に票を投じ、EU残流派だった保守党のキャメロン政権に反旗を翻して世界を驚かす結果になったため、これを「1945年のピープルの革命の再来」と評したジャーナリストや識者たちがいた。愚民の右傾化と1945年のピープルの革命を一緒にするなと激怒した左派の人々もいたが、グローバル経済で拡大する一方の格差を放置し、無介入の新自由主義を推進し、自由と民主主義を謳って不平等を覆い隠してきた政治は、この時代と似ている。そんなことを続ければ、たとえ戦争で国を勝たせた首相にでも中指を突き立てるのだという労働者階級の反抗的な性質は、この時代を振り返れば読めていたはずだ。歴史を遡れば、現在何が起きているのかを知ることができる。
2016年の英国でも、保守党の強硬なまでの「小さな政府」志向と緊縮財政で、もはや最低限の生活さえ保障されなくなってきた英国の労働者階級は、自由と民主主義と多様性の重要性ばかりを説き、国民の困窮を顧みない政権に憤っていた。
・怒れる市井の人々と、その怒りをあるべき方向に導いて政策に翻訳し、それを本当に形にできる政治家たち。
その二つが呼応し、スパークしたからこそ、1945年のピープルの革命は、それまで誰にも考えられなかったスケールでの社会の大転換を成し遂げたのだった。
不屈の政治家たち―1945年の奇跡
完全雇用を目指したアトリー、文化的な公営住宅を提案したベヴァン
・快適なライフスタイルに慣れていた裕福な人々にとって、戦後の暮らしは暗く惨めなものだったが、大恐慌時代に失業と貧窮に喘ぎ、大空襲にを生き延びてきた労働者階級の人々にとっては、戦後は明るく新しい時代に幕開けだった。実際、1945年から1951年にかけて、労働者階級の人々の生活は劇的に改善した。
NHS(国民保健サービス)の実現
・「病とは、人が金銭を払ってする贅沢ではないし、金銭を払って償わねばならない罪でもない。それは共同体がコストを負担すべき災難である」
—Aneurin Bevan―
・Bevanがよく口にした「政治は一部の人間のためでなく、すべての民のためにあるべき」という理念は、Corbyn党首率いる現在の労働党のスローガンにもなっている。
自信をつけた労働者階級
・Winston Churchillの保守党は、わずか17議席の僅差で再び政権に就いた。
保守党に票を投じた人々の多くは、労働者階級の台頭を快く思わない中流層だった。彼らは、労働党は完全に英国を社会主義の国にして、私立の学校や民間の医療を全面的に廃止してしまうのではないかと恐れていたのである。中流以上の層がそうした不満や不安を抱いたほど、1940年代は英国労働者階級の全盛期だった。
・労働党政権は、今や英国の社会は、「どんな家庭に生まれたか」ではなく、個人の実力に基づいて構築されていると主張していた。しかし、学歴や、良い職を得るための選抜や資金格差を通して、経済力・政治力が少数の手に握られ、支配が少数のトップから下側の大勢に降りていくシステムを終わらせることはできなかった。
この点で、英国の「ピープルの革命」は、やはり階級支配を超えたものにはなれなかったのである。
3.ワーキングクラス・ヒーローの時代(1951年ー1969年)
消費と分割払いの時代
繁栄の1950年代―陰で広がる収入格差
・1940年代は、富める者と貧しい者との収入格差を劇的に縮小させた時代であったが、1950年代にはこの格差は再び開き始めていた。
・労働者階級の人々にとって、1950年代という「繁栄の時代」は、政府がプロパガンダするほど輝かしい時代ではなく、戦前とは違った意味での、不安定さと怖れの時代の幕開けだった。
・消費が幸福のバラメータとなり、労働者階級の人々は、生活ではなく消費のために借金をするようになっていく。
・1954年には、ローンと分割払いに関する規制も緩和され、高価な家具や電化製品にかかる税が免除された。こうした政策は、労働者階級が大量生産の消費財を買うことを可能としたため、ローンを返すために働く時代が到来する。
家庭用器具に税金を課されたことで労働者階級の懐は苦しくなったが、逆に中流以上の階級は、1930年代の初め以降で最も低い税率の恩恵にあずかっていた。そのため、1950年代は、肉体労働者と専門職の収入格差が拡大していった。
・1945年の「ピープルの革命」を見ても明らかなように、英国の労働者階級の人々は、何よりもまず、生活の安定を望む人々だ。それが消費とローンの時代に放り出され、賃金の上昇があるとはいえ、その利益はどこまで続くのか不安を感じるようになっていた。こうした社会状況の中で、労働者階級の結束も、戦後の数年間のような強固さを持たなくなっていったのである。
ワーキング・マザーの先駆けは労働者階級の女性たち
・消費を可能にしたのは、既婚女性の就労が大きな要因であった。
1950年代の英国の女性たちは、子どもができても家庭に入らず、出産のために一時的に仕事を休むだけで、ずっと働き続ける女性の最初の世代になった。
・ワーキング・マザーの社会進出への先駆けとなったのは、英国では労働者階級の女性たちだった。
・子どもを育て、同時に仕事もこなす母親たちの姿を見て育った女性たちは、「男であれ、女であれ、欲しいものは自分で働いて手に入れるものなのだ」というマインドセットを自然に身につけていたのである。
住宅政策の変化
失われる公営住宅の理念
・公営住宅が、労働者階級の人々が健康で文化的な生活を送るための住環境を提供する場ではなく、社会の最も貧しい層の人々を収容する場所へと変化した。
・過密状態と貧困は、狭いコミュニティの中での衝突も生み、例えば、アイリッシュ移民の多いロンドンなどの大都市では、カトリック信者とプロテスタント信者の対立もあった。しかし、過密状態のスラムから公営住宅に引っ越すと、カトリックもプロテスタントも同様に、「新たな人生の始まり」を意識している点で寛容に結束することができ、こうした対立も薄れていったのだった。
移民を早くから受け入れた労働者階級
・住宅不足は移民のせいであると言っておけば、政府の公営住宅建設の数がニーズに追いついていないことを隠蔽しておくことができた。
・衝突を繰り返しながらも、それでも労働者階級は、英国で最も早く移民を受け入れた層だった。彼らの住む貧しい地区が、移民労働者が住む場所でもあり、彼らとは同僚として同じ職場で働いていることが多かったからだ。だから、移民と触れる機会のない郊外の中流階級の人々よりも、労働者階級の方が、早く移民に対する寛容性や適応力を育てていった。
ファッショナブルな労働者階級
教育改革の果実―階級上昇を果たした一部の若者たち
・1950年代の終わりから1960年代初めにかけて、英国の文化に一大革命が起きる。
それまでは、「社会の下層にいる、貧しく恵まれない人々」と見なされてきた階級が、ファッショナブルな存在としてカルチャーを動かす核になったのだ。
これには、ティーンエイジャーの労働者たちが、社会において重要な消費者になったことが大きく関係している。
・グラマースクールは、結局は少数の労働者階級の人間を中流階級にすることに成功しただけで、労働者階級の子ども全体の教育的底上げには何の役割も果たせなかった。
・一方では、この政策のおかげで階級を昇ることができたほんの一部の労働者階級出身の者の中から、作家や俳優、メディア関係者が出現するようになったのも事実だった。
労働者階級こそがクールな時代
・労働者階級の若者たちは、経済的安定だけではなく、創造的な刺激や感情面での充足も求めるようになっていった。この時代には、彼らの美的感覚が「クール」と見なされるようになる。
・労働者階級の若者たちは、新たなカルチャーの消費者となるだけでなく、発信者にもなったのである。
労働者階級が闘いはじめた時代
・1960年代の終わりは、「労働者組合が闘いはじめた時代」と呼ばれる。
・戦後の福祉と教育の改革によって、若い労働者たちは、自分たちに権利があることや、権利を求めて闘うべきだとう意識を自然に身につけていた。
優先課題が「庶民の生活」から国の経済に
・1960年代は、人種問題が大きな政治トピックになった時代でもある。
・Wilson首相の労働党は、ジェンダーや人種の分野では前進を促す政策を取ったが、1966年の選挙で勝ってからは、労働者に対しては厳しいスタンスをとるようになった。
海外の製造業との競争が激化する中で、元経済学者だったウィルソンは、完全雇用を志向するのをやめ、英国経済のスリム化を目指すようになった。
・国家の経済的安定にとって最大の障壁になるのが、好戦的な労働者たちによる抗議行動だと考えられるようになっていったのである。
4.受難と解体の時代(1970年ー1990年)
不安と不満の70年代
住宅問題への不満―公営住宅の削減と家賃値上げ
・人々の最大の関心事は「住宅問題」と「雇用」だった。
・「1970年代は、ストばかり打って働かない労働者たちの傲慢と怠慢が、英国の衰退を招いた時代」というのは、今でも多くの人が信じている話だ。
しかし実際には、70年代は、労働者たちの交渉やストの権利が奪われ続けた時代であり、そのために政権と労働者の間の緊張感も高まっていったのだった。
公営住宅地で始まった女性たちの活動
・公営住宅地の怒れる母親たちは、そのうち地域の女性グループへと発展していった。
・住民による女性グループも、広い意味では女性解放運動の一部だった。Londonの中流階級の女性たちによる意識啓発型グループの運動とは違う、労働者階級の女性たちのフェミニズム運動だった。
「小さな政府」主義の基盤は労働党が作っていた
・国際的な石油危機の影響はスルーされ、英国の財政破綻の原因は、ただ「ゆりかごから墓場まで」の政治だったとみなされるようになったのである。このレトリックは、2008年の経済危機の影響を完全に無視して、英国の不況はTony Blair政権の浪費が原因だったと主張して緊縮財政に舵を切ったCameron元首相が使ったものと酷似している。
・Tony Bennら反緊縮派の労働党左派の意見を聞かず、労働党が自らの過ちを認めるような政策をとったことで、労働者の暮らしや福利厚生を無視してグローバルな自由市場を促進しようとする銀行家や金融関係者、右派政治家が、どれほどIMFに影響力を持っていたかという事実も隠蔽されてしまった。
こうして、伝統的には「緊縮の保守党、反緊縮の労働党」だったはずなのに、労働党は緊縮政治に舵を切った。
自由市場政治や「小さな政府」主義は、何もサッチャリズムが始めたわけではなく、実は労働党がその基盤を作ったのだと今でも指摘されるのはこのせいだ。
サッチャリズムと緊縮への怒り
自由と競争と、失業率の上昇
・英国の経済再生は、支出抑制による財政再建によってしか達成できないと主張するThatcherは、「投資と雇用回復を求めるのなら、英国民は生活水準の低下を受け入れる以外に道はない」と呼びかけた。
「国民みんな平等に貧しくなりましょう」という緊縮の思想である。
・「階級はもはやなくなる。自分を助けるのは自分だ。社会や国に依存せず、個人が自分の努力で成功を勝ち取る時代が来た」というThatcherの信念は、組合があまりにも力を持ちすぎたせいで英国の経済が落ちぶれたのだと信じていた労働者階級の人々に支持された。
・英国を自由な国にするには、産業と個人の発展しかなく、それぞれが独立することが何よりも重要だと主張した。
「もはや、社会などというものはない」の時代の幕開けである。
・まず何よりも、Thatcherは、完全雇用は重要ではないと思っていた。それは彼女の政治思想においては、理想ですらなく、優先順位の低いものだった。こうしたラディカルな考え方を持つ政治指導者は、良くも悪しくも、戦後、彼女以外に存在したことはなかった。
・もはや、英国の人種暴動は、1950年代にあったような、白人差別主義者が黒人を襲撃するといった構図ではなく、黒人も白人も一緒になり、社会の不平等や貧困に対して蜂起するという性格を持っていた。
労働組合の敗北と勝てない労働党
・失業者や貧困者、暴動を起こしている人々は、社会の荷物となる敗北者であり、英国を支えているのは、愛国心溢れる勝者たちなのだという考え方を、Thatcher政権は定着させた。
・Thatcher政権と保守党は、炭鉱労働者たちを「英国の破滅を企む共産主義者」とみなし、その解体と弱体化を狙っていたのである。
・英国の労働者階級には「裕福で勤勉な労働者」と「怠惰な失業者」の2種類がいると見なされるようになり、労働者階級の二層化がはじまる。
金も、仕事も、闘う権利も奪われた
・個人主義を推進したThatcherは、公営住宅地のコミュニティや労働組合のつながりを通して、力のない者たちが助け合ったり、時には集団として立ち上がって闘う権利を取り上げ、弱い者たちをもっと弱い立場に追い込んでいった。
・片っ端から国営企業を民営化していったThatcherは、もはやあるものは個人のみであり、サポートの必要な人々は、国ではなく隣人に頼れと言っていた。
・1980年代は、労働者階級という言葉を、単なる貧乏人を意味する言葉にした時代だった。ささやかでも働きに見合った報酬を求めて、勤勉に働いた労働者階級の時代は終わったのである。
5.ブロークン・ブリテンと大緊縮時代(1990年ー2017年)
貧しい者たちはアウトランダー
MajorからBlairへ
・為政者と国民の意識の乖離が本格的に始まったのが、1990年代だったと言えるだろう。
・1980年代のThatcher政権は、英国経済を脅かす悪魔は労働組合であると設定し、ネガティブ・キャンペーンを続けたが、1990年代のMajor政権では、それは国からの手当を受給して生活している層になっていた。
・18年に及んだ保守党政権を終わらせた労働党は、階級はもう時代遅れのコンセプトであり、国民総中流時代がやってきたのだと人々に信じ込ませようとした。
このような考え方に基づく政治では、経済的不平等に取り組む政策ではなく、最貧困層の救済を行うことになる。つまり、不平等を根絶することにより、貧困を軽減することに重きが置かれる。
こうしてMajor政権が「政府に金をせびる人々」とみなしていた層は、Blair政権では「助けが必要な可哀そうな人々」にスライドしたが、どちらの考え方においても、貧しい人々は社会の主流には属さないアウトサイダーだと見なされている点では同じだった。
・Blairの信念は「貧しい人々や失業者の態度と行動を変えることができれば貧困はなくなる」というもので、そのことによって社会はより平等な場所になる、という考えだった。これが彼の提唱する「第三の道」だったのである。
・教育や医療といった公共サービスへの投資を拡大する従来の労働党政権の方針を受け継ぎながら、自由市場重視の政策で富裕層や金融業界からも歓迎されたBlair政権は、「New Labour(新たな労働党)」と自らを呼び、非常に高い支持率を誇った。
・彼らが取り組んだのは、雇用主の態度や行動を取り締まることではなく、雇用可能な人材の創出であり、それは、失業者たちの教育やモチベーションの改善なのだった。
・New Labourは、社会の分断は勤勉な消費者と雇用不可能な失業者の間で起きると考えていたが、真の分断は、都市の中心部を私有し、そこでの消費を楽しめる裕福な人々と、そこから排除された、地方の貧しい人々の間で深刻化していった。
この分断がどれほど深刻なものになったかは、Blair政権発足から20年後に行われたEU離脱をめぐる国民投票の結果で明らかになったが、1990年代の終わりにはそれはすでに始まっていた。
雇用の流動化
契約社員の増加、失われる生活の安定
・Tony Blairは、「知識に基づいたサービス型の経済」を提唱した。それは、国が規制しない自由な雇用市場で、人々が1か所の職場に留まるのではなく、新たなスキルや知識を学んで、キャリアを変えたり、起業したり、自由に移動できる機会を与える経済のことだった。
・こうした雇用形態は、キャリアで成功している人々が、時には不安を伴うリスクを取り続けながら生きていかなければならなくなったことも意味していた。
不確実な労働市場では、人々の生活は常にリスクと隣り合わせなのだ。
・2000年代になると、コールセンターが、インドなどのさらに低コストで運営できる海外に移転したため、北部の街に再び失業の時代がやってくる。
公共サービスの解体
・保守党のJohn Majorが1996年に導入した待機雇用契約と呼ばれる雇用形態は、事実上のゼロ時間雇用契約であり、雇用主が必要とするときだけ雇用され、仕事がないときには待機させられるという、被雇用者にとっては非常に不利な契約形態だが、2000年代に入ると、この形での契約も増えていく。
雇用主だけでなく、政治家たちも、このような流動的雇用形態は、英国がグローバルな労働市場で勝利するためには必要なのだという態度を崩さなかった。
David CameronとGeorge Osborneの時代
強まる貧困層への怒りと締め付け
・戦後最大規模と言われる緊縮財政の時代が始まった。
・Blairの場合は、荒れた地域に投資して福祉や教育を充実させて、排除された下層の人々を社会に包摂しようとしたが、保守党は真逆の方策を取った。福祉を切り、または大幅に削減することによって、アンダークラスを締め付け、仕事に復帰させようとしたのである。
・金融危機による景気後退と緊縮財政のダブルパンチで、労働者階級の暮らしはますます厳しくなった。ワーキングプアは「スクラウンジャー」への怒りを膨らませ、貧者の分断が進んでいく。
チャヴ暴動—経済的不公正への若者の怒り
・「理念なき盗っ人たちの単なる犯罪行為だった」と言われたが、それこそがまさに「どうして自分たちには国の繁栄の分け前が与えられないのだ」と怒る若者たちの、経済的不公正を訴えた蜂起だった。
・ポスト・Thatcher期の英国では、白人労働者階級について語ることは一種のタブーになっていたが、21世紀に入ると急に(悪い意味で)脚光を浴びるようになる。
・それまでは人種とは関係のない一つのグループとして括られていた「労働者階級」が、「白人」という狭い括りを持って限定されたのである。
・「白人」であれば人種的にはマイノリティではないので、「差別」や「平等」を考えるときにスルーしても構わないと見なされ、社会のスケープゴートにしても批判されないという支配階級にとっての利点があった。
別の言葉で言えば、90年代以降、歴代政権は、階級の問題を人種の問題にすり替えて、人々の目を格差の固定と拡大の問題からそらすことに成功してきたのだ。
このような戦略が、どんな皮肉な結果に結び付いたかということは、2016年のEU離脱をめぐる国民投票の結果を見れば明らかだろう。
「人種」の概念による労働者の分断
・UKIPは、白人労働者階級が主流派の政党から悪魔化されたように、移民を悪魔化してみせた。彼らにかかれば、移民は(それでなくとも緊縮在世で縮小されていく)医療サービスや学校をパンクさせ、(雇用主の強欲や組合の弱体化がそもそもの理由だが)労働者の賃金を低下させ、(それでなくとも民間に売却されている)公営住宅を不足させる悪の元凶なのだった。
・2000年代に入ると、人種が再び政治的な議論の場に上がるようになってくる。これは、社会における経済的不平等や格差拡大をもたらしているのは政治だなのだという事実に、人々が気づかないようにするための政治的戦略だった。
・「白人」労働者階級もまた、その動きの中で意図的にクローズアップされた「人種」問題だったのである。労働者階級が、人種を超えて繋がり、同じ立場の者たちとして経済的不平等を訴えたり、自分たちの権利を求めて闘えなくなったのは、ほかでもない「人種」の概念で意図的に分断されてしまったからなのだ。
首相交代と、終わらない緊縮......一転、反緊縮主義の広がり
May政権も、労働者より富裕層重視
・May首相と、Hammond財務相も、「国民のために」「英国の利益のために」と内向きの言葉を発しながら、実は、Cameron首相とOsborne財務相と同じように、国の役割を縮小してグローバル企業に市場を任せる政策をとり続けている。
Jeremy Corbynの登場と「反緊縮」主義の広がり—2017年総選挙で起こったこと
・それまでは、若者や一部の社会運動に熱心な人々に支持されてきた「反緊縮」の概念が、「未来への投資」「投資する政治」という、よりニュートラルな言葉遣いでわかりやすくなった労働党マニュフェストとのスローガンによって、一般の人々に広がっていったのだ。
そしてブレグジットのみに焦点を絞り、認知症税などの緊縮策をマニュフェストに織り込んでいた保守党が空回りしている間に、労働党が躍進して、与党がまさかの過半数割れを起こすという事態になったのである。
「EU離脱」の背景にあったもの―欧州全体での反緊縮の動き
・「ドイツは20世紀に二度、ヨーロッパを破壊しそうになったが、21世紀は緊縮財政の押し付けで同じことをしようとしている」と警告を発している。
・緊縮財政が欧州の右傾化を招いている。
・それまで気にならなかった他者を人々が急に排除し始めるときには、そういう気分にさせてしまう環境があるのであり、右傾化とポピュリズムの台頭を嘆き、労働者たちを愚民と批判するだけでなく、その現象の要因となっている環境を改善しないことには、それを止めることはできない。
労働者階級を再定義する必要性
・労働党がポピュリストに扇動された結果だ、とか、排外主義に走った愚かな労働者階級の愚行だ、とか、その行動や思想の是非はあるにしろ、それが「労働者階級がエスタブリッシュメントを本気でビビらせた出来事」の一つだったことは誰にも否定できないと思う。
・いいにしろ、悪いにしろ、英国の労働者階級は黙って我慢するような人たちじゃない。必ず反撃の一手に出る。ものすごい暴挙でも、大それたことでも、彼らを怒らせたら、本当にやってしまう。
・「地に足の着いた人々」に「白人」などという人種の定義がつけられているのはおかしいのであり、その定義がつけられることによって、人数や勢力が減殺されることや、不要な分裂・分断を生むことがあってはならないのだ。
・地べたに足をついて暮らしているすべての人間として、人種も性別も性的思考も関係なく、自分たちに足りないものや不当に奪われているものを勝ち取らねばならない時代が来ているのだ。
労働者の歴史に見る未来
・リベラルな偏見による差別の罪は、本来は経済政策の欠陥によって生み出された問題を、別の問題にすり替えてしまったことだ。
・労働者階級を民族問題から解放せねばならない。「白人」という枕詞をつけさせ続けてはいけないのだ。すべての人々を結びつけ、立ち上がらせることができるのは、人種問題ではなく、経済問題だからだ。
・力が殺がれたり、良からぬ方向に歪められているとすれば、それは富や権力の不公平な分配という経済の問題によって生じる社会のひずみが、あまりにも長い間、文化的な問題だと思い込まされてきたからだ。
・現代は19世紀のように、労働者の影響力はないも同然で、裕福な支配者層同士の、いわばエスタブリッシュメント層内部での争いだけが社会を左右しているといわれる。ならば、労働者たちは、100年前の労働者階級の人々のように、その声を聞かせる歴史を再び始める時期に来ているのだ。
・ポリティカル・コレクトネスというのが、他者に嫌な思いをさせたり、傷つけたり、苦しめたりしないように、心の底に誰もが持っている様々な方向性の差別的な気持ち(欠片も持っていないという人は、稀に見る素晴らしい素質を持って生まれた、またはそのように教育された幸運な人だろう)を表に出さないように努力して、より洗練された方法で他者と触れ合うための作法だとすれば、EU離脱の国民投票ほどポリティカル・コレクトネスに反するものもなかった。
・彼らが離脱を求めた理由の背後には(本人たちが明確に意識していたかどうかは別にせよ)経済的不平等の問題がどぐろを巻いていたことが分かるし、労働社会階級もまた、長い盛衰の歴史の果てにいつしか「白人」という狭義の枕詞をつけられ、理不尽な社会的排除の対象になっていたのだということが分かるのだ。
以上。これらの知識を活かして、今後のBrexitの動向を追うとともに、格差社会や人種問題を構造的に捉えて考えてみてはいかがだろうか。
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